豊かさって ーティク・ナット・ハン師との歩く瞑想

今日は牡牛座の新月。
今朝の瞑想は、
7時46分に太陽と月と地球が牡牛座の領域で
一直線に並んでいた頃に行いました。

牡牛座が象徴するものは、「豊かさ」。

豊かさって何だろう。

物質的な豊かさは
生活に喜びや潤いや便利さをもたらすけれど
そのリミットは上に、上にと上がってしまいがち。

瞑想中に心に浮かんだメッセージは
「分け与えられるから豊か」ということでした。

持っているから、豊かなのではない。
差し上げられるから、豊か。

折しも、先週はベトナムに急遽飛び立ち
懇意にさせていただいている僧侶の方々を
お訪ねしてきました。

40度近くの気温で、立っているだけで
じっとりと汗が吹き出てくるような暑さと湿度。

そのような気候の中、僧侶の方々は
マインドフルネスの実践を続けていらっしゃいました。
歩く瞑想や、食べる瞑想の末席に
加えていただきました。

会話を相手と楽しむ代わりに、
自分自身に帰ってくる感覚を
一歩一歩の歩みに重ねます。

そうして、滞在3日目に
マインドフルネスの父と言われる
ティク・ナット・ハン師が
車椅子でお散歩に出られた際
末尾にて歩みを共にさせていただきました。

優しくて、柔らかくて、温かいエネルギーが
たっぷり、まったりと満ちたベトナム・フエの寺院で
マインドフルネスを日常に取り入れる所作を
世界に紹介してくださった師と
時を、道をご一緒したこと。

今でもうまく言葉にしにくいのですが、
体の全細胞が
「今この時の、この感覚を刻まなければ」と
スイッチ全開になったのを感じました。

その体験は、今でも鮮明な記憶であり
今後も忘れないだろうと思います。

それは、物質的な豊かさとは
次元の違う、
師に分けていただいた
豊かで優しい時間と
静かに、でも深く深く自分自身に
沁み入る経験なのでした。

話は変わりますが、
昨日はみどりの日でした。

昨冬に我が家にやってきた
ヤブコウジ。
たくさんの赤い実をつけていたから
可愛いと思って買ったものです。

それなのに、ある時
実が一つだけに!

鳥に見つかり、
食べられてしまったのです。

ショックと憤りを感じましたが、
その時に、気づいたのです。

実を握りしめることを
望んでいたのは、私だけ、と。

植物は鳥に託して種を遠くに飛ばし
鳥は冬を越す必要があったのですね。

そうして、今の姿がこちらです。

実は一つも無くなってしまいましたが
代わりに、黄金の光を纏った
新芽が目を愉しませてくれています。

ふんわりと軽やかに
近づいてくるものたちに
分け隔てなく、
分け与える姿。

師から、そしてベランダの小さな木から
教えていただいた豊かさです。

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